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歯の寿命を伸ばす唯一の治療 歯髄再生治療
- 2025.05.10
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こんにちは、歯科医師の会田です。
突然ですが、「歯の神経を取りましょう」って聞いたことありませんか?
「歯の神経」とは、正式名称は「歯髄」と呼ばれ、歯の中に通っている神経・血管組織をまとめた呼び方であり、これを取ってしまうことは歯が死んでしまう事を意味します。
歯は臓器なので血が通っており、栄養が届けられることで初めて長持ちします。
今までの歯科治療では一度死んでしまった歯はもう元に戻すことが出来ませんでいた。
しかし、現代ではもう一度血の通った健康な歯に戻す治療が確立してきました。
目新しい治療に感じるかもしれませんが、2024年現在で成功率94%近いので、他の治療法と比べても確実性の高い選択肢になる治療です。
今回は私も取組んでいる組織再生医療である歯髄再生治療について解説したいと思います。
この記事の目次
1、歯の治療は歯の寿命を縮める
私たちの歯は、一度でもむし歯や神経の治療を受けると、その歯自体の寿命が短くなってしまいます。なぜなら治療=歯を削るという行為であり、どんなに優れた材料で治したとしても元の組織を再生しているわけではなく、残っている健全な部分の量が大きく寿命に関わるのです。
過去の調査によると1本の歯は生涯に4〜5回治療を受けると、弱って噛む力の負担に耐えられなくなり寿命を迎えると言われています。
小さな虫歯のうちはまだそこまで深刻ではありませんが、虫歯が進行し、歯の内部の神経や血管が通っている「歯髄」と呼ばれる組織が細菌感染してしまうと、感染除去のために歯髄を取り除く治療をしなければなりません。
しかし、この治療は歯を大きく削らなければならない上に歯の感覚や栄養の供給が失われ、歯がもろくなり、最終的には抜歯に至る可能性が高まります。
こうした理由から、歯の健康を保つためには、できるだけ歯髄を残すことが望ましいと考えられています。
もちろん、歯髄を取り除く治療=「歯の神経をとる」治療をしないに越したことはないのですが歯髄組織は細菌感染に関して極めて弱く、一度細菌に犯されてしまうと瞬く間に根っこの先まで細菌の温床になってしまいます。
根の中の細菌は、顎の骨を溶かして全身に送り込まれてしまうため歯科医師たちはやむを得ず歯髄を除去する治療を行うのです。
2、歯髄再生治療とは
歯を救う治療が、ある意味歯の寿命を縮めてしまうというジレンマを解決してくれたのが「歯髄再生治療」です。
歯髄幹細胞を用いた歯髄再生治療は、損傷した歯の神経や血管が通る「歯髄」を修復・再生することができる唯一の治療法です。
歯髄を再生するためには、まずは不要な歯から歯髄幹細胞を採取します。
不要な歯とは親知らず、矯正で抜歯する歯、生え変わる乳歯などです。
歯髄組織の中には赤ちゃん細胞である歯髄幹細胞が存在します。
この赤ちゃん細胞を抽出、培養、移植することによって新たな場所で組織を再生することが可能となります。
もちろん、必要な時に都合よくいらない歯があるとは限りません。
そのため、現在はバンキングサービスといって、抜いた歯の中の幹細胞を10年以上使用可能な状態で保管してくれるサービスがあります。
治療ステップとしては、
A,歯髄再生治療の適応であるか診断
B,不要な歯から歯髄幹細胞のバンキング(過去に済ませたものでもOK)
C,移植先の歯の内部を徹底的に無菌化
D,幹細胞移植
E,再生を確認してから最終の被せ物で修復
過去に死んでしまった歯(細菌感染により歯髄を取り除いた歯)や、これから感染除去治療をしなければいけない歯の内部を徹底的にお掃除して無菌的な環境にする治療に最も時間とエネルギーが必要となります。
一般的に専門医が行う根管治療よりも更に高いレベルでの無菌化が求められるからです。
根管治療は、最後に薬を内部に詰めることで細菌が多少残っていたとしても封殺することができますが、移植となると最後につめるのは生きた細胞であり薬を詰めることができません。
また、根管治療の途中に使う洗浄液に関しても制約があります。
一般的に使うものヒポクロ(次亜塩素酸)といって刺激が強すぎて、細菌も殺してくれるのですが根っこの先の正常な細胞にもダメージを与えます。
歯髄再生治療では、再生の要として根っこの先の正常な細胞が元気であることが重要なのでこのヒポクロでじゃんじゃん洗うと成功率が下がってしまうのです。
あらゆる条件設定を考慮して、適切な選択肢をとれる歯科医師のみが再生治療を行うことが許可されており、国民の健康を守る体制が整えられています。
3、歯髄再生治療をするメリット・デメリット
メリットは、大きく2つあると思います。
1つ目はなんといっても歯に栄養がいきわたることにより丈夫に長持ちするようになることです。既存の歯の治療は全てを削って少なくすることにより寿命を縮めながら機能回復させる方法しかありませんでした。
唯一、歯の寿命を延ばせる治療が歯髄再生治療となります。
2つ目は異物を身体に残さないこと。
既存の根管治療は最終的に異物を歯の中に封入して終えるものでした。
稀にこの材料にアレルギー反応、炎症反応を起こす患者様もいらっしゃいました。
自身の細胞により補うことができれば異物を残す必要がないので、後々材料によるトラブルを起こすことを防げます。
デメリットは3つあると考えられます。
1つ目は、費用がかかることです。
幹細胞の採取、培養、移植にコストがかかることから一般的に前歯1本再生しようとすると80-100万程度の治療費がかかります。治療の意味をご理解して頂ける方には大きな価値がありますが、虫歯治療などとは一線を画す治療であるのでいきなり説明されると驚かれてしまうことがしばしばあるのが難点です。
2つ目は、時間がかかることです。
幹細胞の移植を行う前に、歯の根の中を徹底的に無菌化する必要があります。
細菌検査で陰性が出ないと次のステップには進めず、専門医が行う根管治療よりも高い基準が設定されています。(専門医による根管治療に細菌検査は必須ではありません)
そのため、無菌化治療のために少なくとも2回の来院は必須であり、遠方で通院のハードルが高い方には少し不都合です。
3つ目は、治療を受けたい方に都合よく不要な歯がない可能性があるという問題です。
事前に歯髄バンキングするという手がありますが、過去に抜歯をされた時に歯髄バンキングしている方はまだ極めて稀です。
この辺は今後認知が広まるとより多くの人に幹細胞医療の恩恵が行き渡ると考えられます。
4、歯髄再生治療はどんな人に向いているのか
歯髄再生治療は、できるだけ自分の歯を長持ちさせてインプラントや入れ歯を避けたいという方に向いている治療です。
この治療が現在ある治療方法の中で唯一歯の寿命を延ばせる治療だからです。
異物である薬を残留させないという観点からもなるべく生体を自然な状態に保ちたいと考えている方に合っていると思います。
過去に歯科治療で使う薬剤でアレルギーを起こした経験がある方には是非このような選択肢を知って頂きたいです。
5、歯髄再生医療の今後の展望
自己の幹細胞を用いた歯髄再生医療は良好な成績である一方、一般的に費用が高額であったり、不要歯が必要という点で誰でもいつでもという治療ではありません。
その問題を解決すべく2つの視点で治験の成功、研究の進捗が報告されています。
・幹細胞を使わない歯髄再生
幹細胞自体を使わず、幹細胞を培養する際に染み出してくる培養液を使用した再生医療です。
培養液には豊富な成長因子が含まれているので以前から注目はされていました。
再生医療が高額になる理由は自身の細胞の培養費用ですが、培養液を使った再生医療では自身の細胞を使わずに大量に作れる他人培養液を用いるため非常にコストが抑えられます。
実際にイランではこのような新しい再生治療で成功事例が挙げられています。
The Effect of Exosomes Derived from Human Umbilical Cord Mesenchymal Stromal/Stem Cells
on the Regeneration of Human Pulpectomized Tooth: A Case Report.
Iran J Med Sci. 2025;50(1):54-58.
現在、私自身もこのような臨床治験に取り組んでいます。
・他人の幹細胞を使った歯髄再生
自身の不要歯がない場合、誰かが過去に預けた歯の細胞を利用して歯髄再生を行うという方法です。
これも国内では治験が進んでいます。
ただ、こちらの場合はやはり細胞培養が必要になるためコストは大きく変わらないという問題と、他人の細胞を利用するために本当に何か不測の事態が起きないか慎重な検証が必要な段階です。
以上のことから、個人的には自身の細胞を培養せずに安価に治療が普及できる可能性がある培養液を使用した再生医療に期待しています。
6、まとめ
歯髄再生治療は歯の寿命を伸ばすことができる唯一の治療です。
しかし、費用・時間・不要歯の有無・認定医療機関がまだ少ない等と治療検討者のもとに適切に普及するには少しハードルがあります。
治療成績自体は極めて良好であることから、条件が合う方には是非このような選択肢があることを知って頂きたいと思います。